自信とは何か|ココカリ心理学コラム

ココカリ心理学コラム

みなさんは自分に自信がありますか?心理カウンセリングをしていると「自分に自信がなくて」と言う人を多くみかけます。自信とは何なのでしょう、どうやったらつくものなのでしょう。

「自信」を辞書で引くと「自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考え方や行動が正しいと信じて疑わないこと」とあります。

心理学用語である「自己肯定感」や「自己効力感」を包括する、もう少し大きいくくりが「自信」だと私は考えます。自己肯定感は、等身大の自分を自分の中に受け入れること、自己効力感は、自分は何かをできる人間だと認識できることです。

私自身の経験で言うと、高校〜大学時代は特に自信がありませんでした。出来ない部分ばかりに気を取られて、それを持っている他者を羨ましがり、自分という人間を自分で認めることができませんでした。

転機は大学3年の冬休み、「やってみたい」という自発的な想いに駆られ、オーストラリアへ1ヶ月間の語学留学・ホームステイに行きました。ここでの体験が自意識の壁を崩してくれて、アイデンティティの確立へ歩み始めることになりました。

自分は自分でしかないという自己肯定感が備わり始めるも、自己効力感はまだありません。

自己効力感はリクルートで培いました。先輩から「お前すごいな」という言葉をかけられたのが始まりです。いや、私から見れば先輩の方が遥かにすごい。そんな人からすごいという言葉をかけられ、何がすごいのだろうか、全員が自分と同じ動きができるわけじゃないんだな、すごい先輩方でも皆一様に一長一短がある、誰しも人知れない劣等感を持っていたりする、という認識に辿り着きました。自分みたいな人間でもやれることがあるんだ、と感じることができるようになったのです。

このnoteを書いていて気がついたのですが、こうした変化を如実に反映していたのは、自分のサッカーのプレースタイルかもしれません。

私は小学校からサッカーをしてきました。ポジションは中盤かウィングで攻撃めの選手です。学生時代まではパスを第一選択にプレーをしていました。自分に自信がなく、ゴールを奪う責任をチームメイトに委ねていた気がします。社会人になり、自己肯定感や自己効力感が備わり始め、自分の足で立つ感覚を覚えていきました。35歳から再開した後は、ゴールに向かう意識が高まっていたように思います。パスするにしても、その後自分がリターンもらってシュートのイメージがありました。自分の中に芽生えた「自信」が、行動や意識に表れたのでしょう。

心理カウンセリングにいらした方は「自分で決めたことを実行して結果がでたことが嬉しい、少し自分に自信が持てた気がします」とおっしゃっていました。

仮に結果が伴わなくても、その過程で自信を得られることもあります。受験などで、例えば第一志望に不合格しても「一年間でやるべきことはやりきれた」と、結果ではなくその過程から自信が生まれることがあります。何となくやって得られた最高の結果よりも、納得いくまでやりきった末の残念な結果のほうが自信を得られる場合もあるのです。結果を重視しすぎると、自己イメージが歪む危険性があります。過程も重視することで、開かれた柔軟なこころがつくられます。

自信のつけ方は千差万別です。状況だったりタイミングだったり、その時々で変わります。おのずとつく場合もあれば、他者との関わりの中でつくこともあります。我々セラピストは、そこに至るまでのちょっとした支えになります。

クライエントは結局は自分で気がついて、自分の力で自信をつけていきます。来談者中心療法の心理学者ロジャーズは「人間とはよりよき生に向かって歩む主体的存在である」と言います。心理臨床の現場で日々これを実感しています。



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