特養ショートステイに来られるAさん(80歳くらい/女性)は、母親である「マキさん(仮称)」のことをよく語ります。マキさんがね、マキさんがねというので、最初は母親の話をしていることに気がつきませんでした。だって普通はお母さんがねとか母がねと言うでしょ。

雪国の村で生まれ育った彼女。母は小さな商店を営んでました。村にひとつしかないこの商店には、食品から生活用品まで揃っています。バス停の前に建っていたこともあり、ひっきりなしにお客さんが訪ねてきたと言います。みんなが母のことを「マキさん」と呼んでたんですって。村民全員から頼りにされ、親しみのこもった「マキさん」という言葉の響きに、誇りや尊敬を感じていたんでしょう。

「覚えている」ということは、その人の生育史のなかで、何かしらの意味があった出来事だということ。私はそんな貴重な物語をなんとか可能な限り正確に理解したい気持ちで聴かせて頂きました。

マキさんの話をする時のAさんの表情は、いつも幸せに満ちています。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。