先日、数年前からパーキンソン病と付き合う、お義母さんの古稀のお祝いをしてきました。年末の頃と比べて顔色も良くなり表情も豊かになっていました。ひと安心です。

というのも、昨年秋から服用した新しい治療薬が身体に合わず、冬にかけて幻覚症状が現れるようになっていたのです。もちろん歩行困難などのパーキンソンニズムも示しているので、この頃の症状だけみればレビー小体型認知症のようでした。年末に都内の大学病院に4週間ほど入院し、薬を変えて改善治療しました。その後、幻覚症状はおさまり、現在は退院して自宅療養に移行しています。

幻覚は、見る・聞く・触れる・味わう・嗅ぐの五感に対して現れます。一般的に、もっとも多く現れるのは幻聴です。お義母さんの場合は、夕日に照らされてできる影やカーテンのゆらめきから幻視が現れ、誘発されるように幻聴が起こるようでした。我々には聞こえていない、”亡くなった◯◯さんが娘を連れて行く”という幻聴に対し、唐突に誰もいない窓に向かって手をすり合わせ礼拝しながら「返してください!」と唱え始めます。多少の予備知識がある私でも最初はびっくりしてフリーズしてしまいました。目はうつろになり、見ているけれども見ていないような焦点の定め方になります。進行が浅い状態だったため、会話中頻繁に現実見当識のある状態と幻覚状態を行き来するので、こちらも結構混乱しますし対応にはパワーがかかります。

幻覚エピソードは我々にはわからない出来事だし現実世界では起こっていない出来事ですが、彼女の中では確実に起こっている出来事です。そう、彼女にとってそれは嘘ではないのです。現実世界では起こっていないことですが、否定も肯定もせずに受け止めるという態度が必要だと思いました。時には「それは幻聴だよ、誰もそんなこと言ってないよ」と言うこともありますが、この時も否定ではない否定の態度が大切だと感じました。こちらがする相槌や態度のタイミングやニュアンスなどを考えさせられました。

認知症の対応姿勢として9大法則と1原則があります。「認知症の人の形成している世界を理解し、大切にする。その世界と現実とのギャップを感じさせないようにする」。言葉では理解しているつもりでも、実際にその場に立ってみるとものすごく難しいことです。が、こうした気構えを知っているかどうかで随分違うと思います。”相手がもっている世界は自分のそれとは違う”という前提は、当たり前ですが忘れがちな、育児や職場でも重要な考え方です。自分との違いを認める努力は、どんな関係性構築の場においても役に立つと思います。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。