私のセラピストとしてのデビューはもう少し先ですが、先輩の今進行しているケースの話や、先生の経験談をお聞きしながら、自分なりのイメージを膨らませています。
先輩が担当しているケースの報告がされた時、先生は感想としてこのようなことをおっしゃいました。「セラピストは表(おもて)面で面接に臨み、クライエントは裏面の話をしようとしている」
新米セラピストの宿命または苦悩とでもいいましょうか。セラピストは一生懸命に今まで習ってきた全てを総動員して支援をしようとしており、クライエントは新しい枠組みでの面接に慣れ始め自分の内面について語ろうとしている。その場面を指してこう表現されました。
この瞬間だけ切り取ればイマイチな印象を受けます、ねじれていますからね。しかし、この巡り合わせは双方にとって意味がありました。
先輩方のケース報告を受けていて、いつも思うのです。時に情熱は技術の上をいくなと。今回のケースでいえば、生育歴において支持者を得られてこなかったクライエントにとって、セラピストの人に向き合う真剣な態度が、自己変容を促す大きな要因になったのです。
お互いが今できる最大限の取り組みを行えば、何かしらの結果や兆しが生まれる。これが自然の摂理なのかもしれません。