司法領域の見学実習ということで、ある更生保護施設を訪ねました。

犯罪をした人や非行歴のある少年の中には、身寄りがなかったり本人に社会生活上の問題があるなどの理由で、すぐに自立更生ができない人がいます。更生保護施設はこうした人たちを一定の期間保護し社会復帰を助け、再犯防止により社会の安全を守ることを目的とした施設です。入居者はここで宿泊・食事の供与、就労支援、生活指導、福祉や医療の斡旋を受け、社会との関わり合いを持ちながら更生していきます。

この領域の話はその性質上、ネット上でもおおっぴろげにされていないため、施設長さんから伺う現実は私の勝手な想像とはだいぶ違い、センセーショナルでした。発せられるお言葉には、現場に立っているからこそ宿る力強さがありました。

「人は人でしか変えられない」

帰住先や身許引受人がない方の再犯率は高いとのこと。なるほど、マズローの欲求階層理論で考えれば説明がつきます。人は生理的欲求や安全の欲求が満たされていなければ安定しません。更生とは、これまで生きていくために学習し習慣化した認知と行動のパターンを変えること。拠り所なくして、こんな大変なことが実現するわけがないのです。受刑者は人の信頼や温かみを感じてこれなかった生育史の方が多く、この施設で育まれる人と人との結びつきが変容のきっかけになるはずです。

「人は自分で触れていないもには、偏見で対応する」

地域住民の理解を得ることが大事だとおっしゃっていました。

刑務所受刑者(男性)の罪名別構成比をみると、窃盗、覚せい剤、詐欺の順で多く、危険性が高いと感じてしまう殺傷や性犯罪はそれらよりは少ないのが事実です。それをわかった上で、家族で近隣に引っ越して来て生活しますかと問われたら…、それでもやはり及び腰になってしまいます。

「数年前、大降雪の翌日に、入居者数名が自主的に区画一帯の雪かきを行い、地域住民のみなさんがしきりに褒めて感謝してくれた」というエピソードが語られました。実態の掴めないものや実情が明らかでないものには、人は自分自身の中に蓄積された情報、つまり偏見で対処しようとします。自分の目や耳で触れられる機会をつくり、実体を知る人を増やしていかないといけません。

「今の自分にできる最善解を追求する姿勢が求められる」

専門職だからといっても個別性の高い全てのケースに完璧対応することはできません。それでも、その時、その場で、自分ができる最大限を行う姿勢が大切だとおっしゃいました。この心構えは心理職に限らず、すべての仕事に通じることで、本当にその通りだと思います。

「被害関係者からの苦言はもちろんある」

ここは犯罪をした人の社会復帰を支援する施設です。被害者こそ守られるべき存在で、加害者に公的資金を使うのはいかがなものか、という苦言は絶えないそうです。被害関係者の心情を想像すればおっしゃることはもっともです。そうした意見も甘んじて受け入れ、再犯を防止することで社会を守るという信念に基づいて活動する姿に、畏敬の念を抱きました。

今回の司法をはじめ、医療、福祉、教育、産業と、心理職が活躍する領域は大きく5つに分類されますが、求められる技術や姿勢は場所によって少しづつ違うことが理解できてきました。修了後の私の進路は、高齢者×医療×福祉×地域と産業で、最初の構想からブレてはいませんが、修士課程の期間にあまねく広い知見を積んでおこうと改めて思いました。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。