心すれちがう悲しい生き様に ため息もらしていた だけどこの目に映る この街で僕はずっと 生きていかなければ(尾崎豊)

心理学部のキャリアデザイン授業にゲストとして呼ばれ、20分ほどですが講義をしてきました。今回の受講者である大学1年生を、人事で採用をしている時に出会った就活生と重ねてしまったから、あまりの反応のなさに軽く凹んでおります。彼らがイメージできる言葉で話せなかったことが反省です。18,19歳の学生を前に自分の思春期を想い返していました。

思春期(青年期)は一般的に12〜22歳の年齢帯を指し、生理学では第二次性徴が始まる時期、心理学では自分は何者でどのように生きるかを探索しアイデンティティ(自己同一性)の達成を目指す、迷いや混乱の時期です。

私にとっての思春期の始まりは高校入学でした。地域特性により比較的似た価値観の集まりだった小中学校から、住む場所も生育歴も目的意識も違う学力水準の高い同い年450人の集団に放り込まれ、私は一気にアイデンティティの闇へ舞い落ちたのです。

外向きには適応的に生活できていましたが、心理的内面はひどく混乱していました。一年の秋から二年の冬までが特に酷くて、親とほぼ口をきかなかったですね。得体の知れない苦しい胸の内を、自分一人では抱えきれず、他人へ相談する勇気もないから、一番身近で信頼できる親へ反発することで半分背負ってもらった感じです。両親は私の態度に迎合せず静観してくれていたので、今思うと大変ありがたかったなあと思います。

この時期に肩を抱いてなだめて寄り添ってくれたのは、文学、音楽、心理学で、抜け出すきかっけは20歳時に経験したオーストラリア・ブリスベンへの留学でした。

文学

年頃らしい筒井康隆や星新一に代表されるSF小説なんかも読んでいましたが、純文学や詩集などが心に響きました。「人間失格(太宰治)」「檸檬(梶井基次郎)」「羅生門(芥川龍之介)」「坊ちゃん、こころ(夏目漱石)」「或る少女の死まで(室生犀星)」「若きウェイテルの悩み(ゲーテ)」「死に至る病(キルケゴール)」「変身(カフカ)」などなど。正直、内容はちゃんと覚えていないけど、インパクトとして脳裏に貼り付いている作品はこんな感じでしょうか。「文學ト云フ事」というTV深夜番組が好きで、取り上げられた小説はほぼ読んだんじゃないかな。

音楽

90年代前半の高校生らしくONタイムでは「Mr.Chirdren」「JUDY AND MARY」「B’z」などを聴き、闇タイムには「尾崎豊」「中島みゆき」「オフコース」「レベッカ」などを聴いていました。夜に部屋の電気を消して、窓からこぼれ差し込む薄光の中で、ヘッドホンで大音量で聴くわけです。実に思春期っぽい。テイスト違いだと「うしろゆびさされ組」をよく聞いていて、これは歌詞の言葉遊びが気に入っていたんだと思います。

心理学

高校2年生の秋に、自殺念慮ではなく死生観への興味の一環で「完全自殺マニュアル」を購入しました。死ぬのは簡単だということが判ったら、少し心が軽くなり、人生をサバイブしていく方に賭けてみようと思えてきました。同じ時期に「それいけ×ココロジー」という心理ゲームを扱うTV番組から心理学に興味を持ち、発達心理学で思春期の悩みの実態を知り、なんだか少し救われた気持ちになりました。しかし、だからといって、自分自身のアイデンティティ課題が解決したわけではありません。

留学

大学2年の冬、オーストラリア・ブリスベンへ、生活はホームステイで日中は語学学校へ通う留学をしました。学校からの帰り道、日本人が自分ひとりしか乗ってない電車を降りて、夕暮れ空に煌々と浮かぶ南十字星を見上げながら家路を歩いている時に、自意識の呪縛がスッと解けた感覚をおぼえました。「誰も俺の事なんか見ていないし気にしていない。世界から見たら、自分はなんて小さい一点なんだろう。他人は他人、俺は俺として生きていくしかないんだな。」なぜか涙が頬を伝ってきたのです。

アイデンティティの達成とは

エリクソンの人格発達理論におけるアイデンティティの達成とは、自分は何者か、自分の目指す道は何か、自分の人生の目的は何か、自分の存在意義は何かなど、自己を社会の中に位置づける問いに対し、肯定的かつ確信的に答えることができる状態をいいます。しかし、実体験から言えば、アイデンティティの達成は、明快で立派な何かが確立する感じではありませんでした。えもいわれぬ不安が小さくなり、あきらめににも似た吹っ切れ感が現れ、とらわれから解消された状態、くらいでしょうか。人によるのでしょうけど。

アイデンティティ課題は思春期だけではなく、その後の人生のステージごとに降りかかってくるテーマです。人生は連続していますが、各ステージは身体状態も周囲環境も社会情勢も違う非連続であると捉え、未来を見据えて今をどうやり抜くのかの視点が大切なのだと思います。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。