会社員として仕事をしている時、取引先から「担当者を替えてくれ」と言われた経験があります。ご本人ではなく私の上司経由で言われたのですが、ショックでした。自分の全部を否定されたような強くズシンとくる衝撃がありました。先方が担当者に求める要件と私の得意な技能とのズレということだったのですが、受け入れて納得するまでに結構な時間を要しました。

心理面接でも、クライエントがセラピストの交代を申し出るケースがあります。

受否の判断軸はクライエントの最大利益。つまり、敢えて受け付けない場合があるということ。クライエントが拒否する意味や背景を考えるのです。

例えば境界性パーソナリティ障害(やその傾向がある人)の場合、それは品定め的な揺さぶりなのか、単なる二者の相性なのか、はたまた別の理由なのかを検討する必要があります。障害特徴のひとつである両極の端と端を目まぐるしく行き来する対人関係の結び方を理解し、こちらはそれに振り回されない変わらぬ態度で付き合う姿勢を示す場合もあるでしょう。

例えば、エディプス・コンプレックスに絡めて解釈することもできます。エディプス・コンプレックスとは、フロイトの発達理論における、3〜6歳の男根期の心理的葛藤のことです。その過程は、自分の性を意識し始めた幼児が、異性の親に性愛感情を、同性の親に敵意を抱くようになり、最終的には、異性の親への性愛感情と、同性の親への敵意を抑制することで終結します。フロイトはこうした過程が正しく処理されないことにより、強迫性障害などが引き起こされると考えています。クライエントの拒否は、幼少期に未解決のまま残してきたこの固着を打ち破るための必要行動かもしれません。

どのような解釈をとるにせよ、拒否されることはセラピストにとって大きな外傷体験になるはずです。しかし、クライエントもまた大きな心理的負荷を背負ったことを、私たちは心に留めておかねばなりません。拒否したい、拒否しなければならない理由があるのです。その行動はどうにかして心理的困難を打ち破りたい気持ちの現れです。心理屋とは痛みと共に歩んでいく仕事なのでしょう。

とかもっともな事を言いながら、実際にその場面に直面したら辛いだろうなあ、逃げずに対峙できるかなあ、自信ないなあ、なんて想像しているのです。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。