精神病の回復経路は、風邪や骨折などのそれとは大きく異なります。前進と停滞を繰り返しながら波状に緩やかに充実度が高まっていくのです。下図のようなイメージですね。

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回復の停滞は、ほぼ確実に起こります。

この時のクライエントの苦しみは、「上向いた位置から地に落ちて、振り出しに戻ってしまった」と感じるところにあります。実際はほんの少しの後退である場合がほとんどですが、当人の感触としては、”最初の状態に戻ってしまった”と錯覚してしまうのです。

それはなぜかというと、先行きが見えないからです。風邪は何回にも渡る経験値から寛解への道筋が描け、骨折は痛みの度合いやレントゲン写真で治療経過が確認できますが、精神病はほとんどの人が過去に患い回復した経験がなく、良くなっているのか悪くなっているのか科学的に物理的に判りにくい病気です。先行き不安の中で起こる停滞は、こころに大きなダメージを与えます。

セラピストはクライエントに対し、こうした図なども駆使しながら、丁寧に正しい認識を示す、いわゆる心理教育を施していきます。同時にこの先の見立てを、要所でフィードバックしていきます。スモールステップの目標を一緒につくり、達成感を掴みながら、一歩ずつ粘り強く取り組んでいきます。

セラピストの姿勢として大切なのは、一時的な悪化に対して、クライエントと共に同じように落ち込んでしまわないこと、セラピスト自身も苦痛を忍んで耐えていくことです。認識を擦り合わせ、お互いが役割を遂行する共同作業で、回復の経路は舗装されていくのです。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。