将来の夢はプロゲーマーかユーチューバーという息子氏が、鼻息荒く駆け込み熱を帯びた口調でこう訴える。「父さん!ワンパンマンのコミック買っていい?」どうやら友人宅で読んで気に入ったらしい。

ワンパンマン。父さんも名前は知ってるぞ。キン肉マン初期のようなヒーロー系ギャグ漫画であり(後にちょっと違うなと気づく)、ワンパン(ワンパンチ)で全ての敵をやっつけてしまう、ということくらいだけど。まあ、そこそこ面白いのだろう。

ほどなくして彼はお小遣いで買ってきた。私も読ませてもらった。あれっ、想像以上に面白いぞ。本当に最後はワンパンで終わる。次から次へと新たな敵が現れるが、全て同じ結末を迎える。結果はわかっているのに、なぜか面白い。この魅力の秘密はなんなんだろう。

思ったのは、サザエさんに似た安心感。絶対に大どんでん返しやバッドエンドが来ないという安心感。どんな強敵が立ち阻もうとも、たとえ味方が窮地に陥ろうとも、必ず最後はハゲマントのワンパンで方が付く。

日本の社会は、高度成長期から続いた画一的な規範や価値観から、互いが違いを認め合う多様性への変容を目指している。学校ではみんなと足並みを揃える、全項目が満遍なく出来るようになる、大学を出て会社に勤めることが幸せ、所有物の多さが富の象徴などのステレオタイプは、もはやひとつのモデルでしかない。正しさの基準は一人ひとりに委ねられる。個が求められる時代。アイデンティティの確立に悩む人には生き苦しい。

多様性社会において、絶対神はウケる。自分探しに疲れている時、必ずワンパンで勝利してくれる安心さに救われる。昭和時代にこの作品を読んだら、面白みを感じなかっただろう(そもそのこの発想の作品が生まれていなかった気がする)。令和の今だからこそ、人々のこころに響いているのではないだろうか。

何が言いたいかというと、こんな穿った見方はしなくていいので、ワンパンマン、読んでみて下さい。面白いですよ。

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cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。