心理面接を行っていると、セラピストの一言でクライエントの表情やこころが一瞬にして晴れるときがあり。

もちろんクライエントにとっては良いことである。恐ろしいのはその時セラピストのこころに生じた有能感。この反応を生み出したのは俺の手柄、俺ってすげえ、という自動思考。芸人のサンドウィッチマンが「お笑いを、してやってる、という感じになったら終わりだと思ってる」と答えたインタビューを思い出した。

有能感。それ自体は人が生きていくために必要な感覚だ。自分は何かをできる人間で、少なからずとも世と人の役に立てている、と思えない人生は余りにもきつい。

本当にセラピストが凄いのだろうか。

来談者中心療法の創始者カール・ロジャースは「人は誰もが自己概念(≒理想)と経験(≒現実)を一致させていこうとする自己実現傾向をもっている」という前提に立ち、「クライエントはセラピストとの関係を通じて、あるがままの自分と問題に気がつき(自己洞察)、あるがままの自分と問題を受け入れ(自己受容)、より自己一致した状態(自己実現)に近づいていく」と唱えている。

自分の力で道を切り開くクライエントが凄いのだ。セラピストは「共感的理解」「無条件の肯定的配慮」「自己一致」の3つの態度を磨き、クライエントとの適切な関係性、つまり環境を整えることに尽力する。

セラピストは傲るなかれ。勘違いの美酒に酔い潰れたら終わってしまう。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。