都心にあるメンタルクリニックには、会社勤めに疲れた人々がやってくる。

お困り事を聞くと、寝れない、気分が落ち込む、頭に入ってこない、ミスが増えた等の症状が多い。うつ状態であることは間違いない。初発時期とその時期に何か出来事や変化があったかと聞くと、業務量の急増、人間関係のもつれ、目標達成のプレッシャーなどがストレスだったと語る。

職場のストレス

誤解されがちだが、ストレスはそれ自体が悪いものではない。適度なストレスは活力になることが知られている。量もしくは強度の問題なのだ。過少であれば生産性が停滞し、過剰であれば疾病を引き起こす要因となる。

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同じ状況でも、ストレスの感じ方は人による。この差は何なのか。NIOSHの職業性ストレスモデルでは、個人要因(年齢、性格、対処能力など)、仕事外の要因(家庭や世の中の出来事など)、緩衝要因(職場や家族からのサポートなど)の影響を示唆している。

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仕事のストレス要因なんて掃いて捨てる程ある。職場に限らず、人は生きている限り、外界から受ける刺激は全てがストレス要因になりうる。それをストレスとみなすか否かは、その人の認知の仕方や置かれている状況に左右される。

職場から離れるのは逃げなのか

うつの話に戻ると、発症原因は職場の問題の影に隠れた個人要因、つまり幼少期から抱える劣等感や、この先のキャリアへの憂いだったりすることがある。その場合は対処療法と根治療法を使い分けて寛解を目指す。まずは、うつ症状を軽くすることに焦点を当てる。心身を休めることと、そのための環境を整えること。

環境調整には、休職という選択肢も含まれる。

休職を「逃げ」と感じ人がいる。逃げるは恥だ、と。私は問いかける。「環境調整せずによくなるならそれに越したことはないんですけど、どうでしょう、よくなるイメージ持てますか?」。大概の人は無理だと言う。「じゃあ、休職して、職場から物理的な距離を取りましょうか」となる。命を守るために、休職は役に立つ。

上記のような人は「逃げることは負けること」「負ける私は無価値である」「無価値な私は誰からも認められない」などの認知の偏りを持っていたりする。回復期に入ったら、根治療法の一環として認知の変容に取り組んでみる。再発予防につながるだろう。

うつ治療は、独力もいいけど、他力も使おう。仕事ストレスの影に隠れた様々な個人要因は、総じて自分一人では見つけにくいものだ。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。