2年間伸ばし続けた髪を、先週ばっさり切った。数字でいえば、たかが20cmほどの変化だが、そこにはひとつの物語が詰まっていたように思う。
伸ばし始めたきっかけは、病院勤めを終えてフリーランスになるタイミング、だった。これからはオンライン中心の活動になるしという特別な大義のない軽いノリである。だからこそなのか、1年を過ぎた頃から陰りが出始めた。洗うのが面倒、乾かすのが大変、夏は暑い、首元に刺さる毛先の刺激。髪に限らずだが、日常の小さなストレスが積み重なると、人のモチベーションは案外あっけなく折れてしまう。
そのままだったら、きっと私はそこで切っていた。踏みとどまれたのは、「ヘアドネーション」という新たな目的ができたからだ。伸ばした髪が誰かの役に立つと思えると、日々の煩わしさを「意味のあること」として受け取れるようになった。心理学でいう「意味づけの再構成」である。行動の背景にストーリーが与えられると、人は驚くほど粘り強くなれる。
Japan Hair Donation & Charity【ジャーダック JHD&C】ヘアドネーションを行いたい方へ。ヘアドネーションの手順とJHD&Cへの髪の毛の送り方をご紹介します。www.jhdac.org
持ち直したモチベーションのもと、さらに1年伸ばし、ついに髪を切る日が来た。残念ながら長さが足りず、ヘアドネーションはまた次回に持ち越しとなった(あと半年必要と言われ、そこまで我慢できる自分が想像できなかったので潔く諦めた)。そのとき、美容師さんにハサミを入れてもらう直前、思いがけない感情が込み上げてきた。
「喪失感」である。
「せっかくここまで伸ばしたのに」「一度切ったら戻れない」。文字通り、後ろ髪を引かれる感覚だった。人は手に入れたものを手放すとき、強い損失を感じる。行動経済学ではこれを「損失回避」と呼ぶ。得る喜びよりも、失う痛みのほうが心理的には強く作用する。
ハサミは進む。正確にはバリカンなのだが、束ねた根元がガガガと切られていく音は、自分の中にある古い役割が外れていく音のようでもあった。長い髪が象徴していたのは、単なるスタイルではない。2年間の積み重ねや忍耐、習慣、そして小さな誇りのようなもの(少し大げさかもしれない)。それらを手放すのだから、揺れが生じるのは自然なことだ。
ただ、その揺れのあとには、不思議な軽さがやってくる。断髪後、首まわりの空気が驚くほど軽くなった。肩こりまでふっと消えた気がした。物理的な重さだけでなく、心理的な負荷も同時に解けた瞬間だったのだと思う(たぶん)。変化には痛みが伴うが、その先には解放も待っている。
振り返ると、今回の体験は小さな「変化の通過儀礼」だったのかもしれない。
①動機づけ(始まり)
②倦怠や摩耗(揺らぎ)
③意味づけによる再構成(持ちこたえ)
④手放す喪失感(抵抗)
⑤身軽になる開放感(完了)
人が何かを変えるとき、大抵このプロセスを辿る。そして、どの段階も自然で、どの段階も必要だ。
今回の断髪は、単なるスタイルチェンジ以上に、「変化をどう経験するか」を教えてくれた出来事だった。モチベーションが揺れることも、手放す瞬間に胸がきゅっとなることも、切ったあとにスッキリすることも、すべてが人間のこころのリアルな反応なのだと思う。
この先はまた、新しい自分として歩いていく。髪は伸びるし、次の物語もすでに始まっているのだから。