トラウマが潜在的なPTSDになり、生活に支障をきたして困っている方がいらっしゃいました。強烈なトラウマの前では認知療法、つまり頭だけでの再学習では限界があります。そのような場合は身体にも働きかけます。こころとからだは繋がっているのです。

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に対して、エビデンスのある心理療法です。(日本EMDR学会

EMDRでは、クライエントは一つのトラウマのエピソードを頭に思い浮かべながら、治療者が腕を左右に振りますので、その指先を目だけを動かして見続けてもらいます。それにより、目が左右に動くと思います。基本的にはそれだけです。そうすることにより、トラウマ記憶がどんどんと変化していきます。そして、それにともなって、トラウマ記憶にともなう認知や感情、身体感覚も変化していきます。(心理オフィスK

手続き的には簡単に見えても、しっかりとEMDRの研修を積んだ精神保健の専門家のみが実施すべきです。起こりうるさまざまな悪影響にしっかり備えることが重要です。しっかりした研修と実践を経れば、5年、10年かけて、心のどこかに落ち着いていくプロセスを非常に短時間に進めることができます。(日本EMDR学会

テキストを読んで、学会にも一度おじゃまして、知識を入れれば入れるほど素人の手習で行ってはいけない心理療法だなと感じています。危険が大きいです。

何が危険かと言うと、うまく効果を発揮させられなかった時の、PTSDの悪化です。なぜPTSDになったのかといえば、その体験がその人にとって、抱え切れないほど大きいものだったからです。そうした大きな荷物の持ち方を変えてみようとしているわけです。成功すればいいですが、失敗して体験や感情が溢れ返してきた時の対処法を持っていなければ、そこに触る資格はないのです。

心理支援の考え方に「改善できなくても、最悪、悪化させなければまあ良し」というのがります。まさにこれです。

支援者として、クライエントを実験台にするわけにはいきません。訓練を積んで、ある程度の確からしさを身につけ、失敗した際の2の手3の手を用意しておく必要があります。EMDRに限らず全ての心理支援がそうなのですが、PTSD/EMDRに関しては特にそう感じます。EMDRは手続きだけ見ればやれそうなんですけどね、今の私では多分できません。催眠療法とか精神分析…そういう領域の「理論×経験×コツ」がモノを言わす心理療法だなと感じています。

リファー、これに勝る支援の形が、今は見えません。力不足を感じるとともに、EMDR専門家にならないのであれば、これが最善策なのだと考えています。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。