まずまずの高齢で脳卒中を発症し失語症を患ったAさん。1年近く一緒の時間を過ごさせてもらったことで、私の中に「結構な水準まで回復するんだな」という実感が備わりました。本に書いてあることは正しかった。

高次脳機能障害とは、事故や病気で脳を損傷した結果おこる認知機能の障害です。運動機能、注意機能、認知機能、感情統制など、影響は多岐に渡ります。

Aさんの場合は言語機能、失語でした。他者が言っていることは今までと同じように理解できます。発話もできます。が、自分が思っている事と口から出てくる言葉が一致しない、より適切な言葉が検索想起できない状態でした。

最初にお会いしたのは退院して半年ほど経った時期で、発話される言葉だけでは何を言っているか正直まったく理解できませんでした。そばにいる家族はニュアンスをつかめていて、私に翻訳してくれました。Aさんはそれを笑顔で頷いていました。共に過ごした月日が長く信頼関係が築けると解るものなのでしょうか。はたして私はうまくサポートできるだろうか、不安でした。

2週間後、Aさんはひとりで来所されました。やはり脳損傷の影響は失語のみのようで、歩行や判断はしゃきっとされています。事前に本人に了承を得てから、既存メンバーにAさんの状態を共有しました。プログラムでは言葉だけに頼らないアクティビティも取り入れて、皆で楽しい時間を過ごすことに一心しました。

そこから現在に至るまで、ほぼ毎回来所されています。驚いたのは、失語のレベルが改善しているのです。Aさんが何を言いたいのか、何を言ってるのか、言葉尻だけで判る回数が増えてきたのです。要因はここでの活動内容や信頼関係の構築だけではなく、失語リハビリセンターでの機能回復訓練や、自宅での家族のサポートも大きいでしょう。Aさん自身の朗らかで前向きなパーソナリティも回復効果を倍増していると感じます。

喜ばしいことに今回Aさんは回復していますが、残念ながら全員が回復するとは限りません。Aさんにしても、寛解するかどうかはわかりません。しかし、やれることをやって、それが効果につながれば、身心のQOLは高まります。過程の中で本人の自信や効力感につながる声がけを行っていく支援をしていきたい。楽しいと思える時間を過ごすために、私たちは私たちが担える役割を全うします。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。