リクルートで営業職を始めた26歳時、キャリアを積んだ先輩方が、豊富な過去事例や自身のケーススタディを営業トークに絡めているのを横で聞いて、会話に説得力があるなあと感心するやら、そういう引き出しがない俺はどう営業すればいいんだと嫉妬心に駆られたり自信喪失したり路頭に迷った経験があります。

何をするにも最初は誰でも初心者です。知識や実体験を積むことで成長していきます。心理カウンセラーも同じです。

私は40歳から心理の専門家へ転身したため、心理カウンセラーとしては10年にも満たない若造です。未熟なりでも相談者の役に立つために、理論や技法の習得への労はさることながら、会社員経験を二次活用するなど今の自分が持っているリソースを駆使しています。産業心理では、自身の会社員経験が相談者とのラポール形成に役立っていると感じています。

臨床心理士や公認心理師として、大学から大学院へストレートで進学して、会社員などを経験せずに心理カウンセリングに入る若き臨床家がいらっしゃいます。多くの先生が相談者への共感的理解・自己受容・肯定的態度が提供できてないと頭を悩ませる一方で、スムーズにカウンセリングができている対人支援者もいらっしゃいます。

どこに違いがあるのか。私の営業職時代、心理士の仲間、書籍情報等から考えると、このようなところかもしれません。

相談者をリスペクトする

人には「返報性の原理」が備わっています。何かをされたらお返ししたくなる心理です。こちらが相手をリスペクトするから、相手もリスペクトしてくれるのです。相談者には素敵な部分もあればネガティブな部分もあるでしょう。その人がこれまでの人生をサバイブしてきた方略をリスペクトしつつ、何かの壁にぶつかっているのであれば、どこを調整したら良くなりそうなのか、一緒に考えていくことです。

エビデンスや理論をベースにする

自分の気分や主張だけで物を言わないことは、特に若年初心者の支援者にとって必要なテクニックだと思います。理論だけでは堅苦しく冷酷な印象になるため、自分の気持ちや考えを混ぜつつも、基本はエビデンスベースドでいけるといいでしょう。心理学および臨床心理学の理論はもちろん、他領域の知識や、小説や映画ドラマを通じた人間理解なども、意識して触れていけると厚みが出てくると思います。

共通のゴールに対しチームの一員として発言する

御用聞きやYESマンだけでは支援者とは言えません。見立てを伝える時、相談者にとっては耳の痛い言葉になるかもしれません。その時に気をつけたいのが、相手の人格に対して言わないことです。概ねは初回カウンセリングで、辿り着きたいゴールを一緒に決めているはずです。相談者と支援者はチームです。そのゴールに辿り着くためという前提に対し、チームの一員として見立てや意見を伝えていきます。その人に向かって言うのではなく、共通のゴールに対して言う。これだけで相談者の心理的防衛は軽減されます。

他者を頼る

自分がやれることを証明するために相談者が存在しているのではありません。相談者の悩みや困難の改善の一助のために我々が存在するのです。相談者の困難解決に自分の力量が足りてないと感じたら、外部の力を活用すればいいのです。コラボレーションやリファーです。みんなで支援するのです。自分一人の力で成し遂げようと思い上がらないこと。他力の術を身につけていきたいです。

腹が据っているか

営業職は覚悟がなくてもできますが、対人支援職は腹が据っていないとできないと思います。大袈裟ではなく人の生死の片棒を担ぐ仕事です。「やりたい」ではなく、「やれる/やれない」で考えることなく、「やる」に自分のこころが座っているか。なっていれば問題ありません。一意専心、相談者の困難解決のために、自分がやれる精一杯でぶつかるだけです。余計なことは考えない。終わったら振り返りをして、ゴール達成のためにできることを謙虚に準備する、そしてまた打席に立つ。スーパーヴィジョンも積極的に活用しながら、これを繰り返していけば、着実に信頼感のある支援者になっていきます。




cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。