(株)人材研究所・曽和利光さんの記事を拝見し、さすがのご考察だと感心しながら、そういえば私も臨床場面で割と何の気なしに「価値観」という言葉を使っているなとハッとさせられた。価値観ってなんだ?
辞書を参照すると、価値観とは物事、例えば美しさ・正しさ・心地よさ・理想的・優先事柄などを、個人が判断する際の基準や規範である。価値観は、個々の経験や教育、文化背景などにより形成され、社会生活を営む上での行動指針となり、人間関係やコミュニケーションの質を左右する要素となる。
また価値観は、人だけでなく、集団や組織、社会全体にも存在し、その特性や行動規範を形成する。例えば、企業の組織文化・国や地域の風土・伝統などである。
価値観には、流動性と不変性の面がある。時代や社会情勢、学習や体験、加齢による影響を受けて変化する。その一方で、幼少からずっと変わらない価値観や、共同体の中で昔から維持され続けている価値観もある。
価値観は人それぞれに千差万別に存在する。あらゆる物事について価値観が完璧に一致する他者の存在はこの世にない。なので「価値観」という言葉は、「価値観の一致」「価値観の相違」「価値観の共有」というような、他者との一致/不一致を考える文脈で多く用いられている。
臨床心理における「価値観」
臨床心理において価値観とは、個人の行動、意思決定、そして心理的健康に影響を与える重要な要因として捉えられる。価値観は、その人が何を大切にし、人生でどのような方向性を持ちたいかを示すものとして扱われる。
心理カウンセリングにおける役割
クライエントが持つ価値観を理解しようとすることで、セラピストは支援目標をクライエント自身の意味や目的に基づいて設定することができる。準拠枠の概念に含まれるものである。
心理的問題との関連
人間は自分の価値観に基づいて生きられない時に、不満感やストレス反応、抑うつ状態を引き起こすことがある。逆に、自分の価値観を意識し顕在化させ、それに沿った行動を取ることは、心理的健康を促進する効果がある。
スキーマと価値観
認知行動療法(CBT)において、スキーマと価値観はどちらも個人の心理的構造や行動に影響を与える重要な概念であるが、それぞれの役割や特性は少し異なる。同時に、これらは相互に関連し合い、心理療法の文脈で重要な影響を及ぼす。
スキーマは、幼少期からの経験や学習によって形成される深層的な信念や認知の枠組みを指す。これらは「自己」「他者」「世界」に関する理解を組織化し、情報処理や解釈の基盤となる。例えば「自分は愛されない」「世界は危険だ」などである。スキーマは自動的で無意識的に働き、状況や出来事に対する解釈や感情、行動に影響を与える。特に歪んだスキーマは、うつ病や不安症などの心理的問題と深く関連することがある。
価値観は、個人が人生で重要と感じる目標や方向性を指す。これは「自分がどのように生きたいか」や「何を大切にするか」を表し、より意識的で柔軟に選択できる側面がある。例えば「家族を大切にする」「誠実であること」「挑戦を恐れない」などである。価値観は行動の指針となり、人生の方向性を決定する。CBT第三世代のアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)では、価値観を基盤に据えた行動を促進することが目標とされる。
その他の特性の違いは以下の図のとおりである。
両者の関係性でいうと、スキーマは価値観の形成や認識に影響を与えることがある。例えば「自分は無価値だ」というスキーマを持つ人は「自己成長」という価値観を見失いやすいかもしれない。
CBTはクライエントの心理的問題が表出されている場合に選択する機会が多い。だから価値観ではなくスキーマにアプローチする。根本治療のイメージである。スキーマは固くて変化しにくいので、スキーマの上澄みである自動思考にフォーカスしてバラン思考の表出をトレーニングする。心理的問題は縮小され、結果的に価値観にも変化が起こる構造になっている。
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ご自身の中に、どのような価値観があるだろう?いざ問われると、即答に窮するのではないだろうか。少なくとも私はそうだ。心理カウンセリングで、ここらについて、腰を据えてじっくりと考えてみるのはどうだろう。生きづらさの根本は何なのか、これまでは大丈夫だったのに今になって違和感を生じたのは何故なのだろう、価値観に評価軸を持ち込んでいないだろうか、自分は変われないと決めつけて変化している部分を見逃してはいないだろうか。色々と気が付くはずだ。
価値観をみると、自分らしさがみえてくる。でもこの自分らしさは色々なきかっけで容易に変化していくため、固執しないほうがいい。
自分らしくある必要はない。むしろ”人間らしく”生きる道を考えてほしい。(岡本太郎)
見えてきた価値観は参考程度に留めて、今この瞬間を生きることに集中しよう。