学会誌を読んでいて、金言だらけの徹頭徹尾すばらしい論文に出会った。『杉原保史.心理職の訓練における専門知と実践知 支援の効果を高める訓練とは?.日本臨床心理士会雑誌,2025年1月,Vol.33 No.2』である。

僭越ながら要約すると、専門的で学術的な知識を十分に備えている人が、実際に効果的にクライエントに対応できているとは限らない。また場数を多く踏んだだけの人にも同じことが言える。専門知と実践知の両輪を回すことが大切である。実践知はスーパーヴィジョンによる振り返りや、ストレッチの効いた臨床を意識することで養われる、という内容であった。

臨床歴じゃない

この言葉に勇気づけられた。

「セラピストの経験年数の長さと治療効果の間には関係が見出されていない。」

脱サラ心理士として40代からこの道に入った私は、20代から臨床を積んできた先輩とのあいだに埋められない隔たりと未熟感を抱いている。ただその一方で、20代30代を会社員として過ごした経験が今の私の臨床に生きていることも感じている。これは彼らには出来ないこと。

まずは実際にクライエントに福利を提供できる心理士になるべく、専門知と実践知を高めようと思った。これが土台となってはじめて臨床以外の経験が活きるのだ。優先順位を間違えないよう、肝に銘じておこう。

心理職に必要なスキル

心理職に必要なスキルを言語化してくれている。専門知に関しては、臨床心理学のみならず、幅広く多様な知識とスキル、一言で言えば人間力が求められている。これは実際に臨床現場に入ると痛感させられる。生活を知らない人が、生活している人の支援はできないのである。安定してない人が、不安定な状態の人の支援はできないのである。自分を磨こうと思う。

  • 臨床心理学を中心とした専門的で学術的な知識
  • コミュニケーション(対人関係)に関するスキル
  • 感情を抱えるスキル
  • 自己省察のスキル
  • 他文化や多様性に対応するスキル
  • アドボカシーのスキル
  • 倫理的判断に関するスキル

セラピストが高める能力

優れた治療行効果をあげるセラピストは、この4つの特徴を有するという。

  1. 幅広い患者との間で治療同盟を形成する能力
  2. 困難な場面において発揮される洗練された対人関係スキル
  3. 専門的な自己疑惑(自信過剰に陥らず、批判的な視点から自己省察する能力)
  4. 面接のセッションの外で「意図的練習」に取り組む姿勢

専門的な自己疑惑という考え方は、認知再構成法におけるバランス思考に近いものがあると感じた。脊髄反射にように頭に浮かんでくる自動思考に対し、はたしてそうか?と自問自答することで辿り着くバランス思考の脳内回路は、上位であるセラピスト能力の向上にも貢献してくれる。

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いずれ私にもスーパーバイザーとして後進の育成に携わる時が来る。それまでに自分の力量をどこまで高められるか。クライエントの福利にどれだけ貢献できるセラピストになれるか。道半ば。自信と謙虚を行ったり来たりしながら、これから先を進んでいく。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。