中年の危機というのは、ある日ふと、自分がレコードのA面とB面のちょうど接合点にいることに気づくようなものだ。音楽が切り替わる、その一瞬の沈黙の中に、不安と少しの後悔が含まれている。

午後三時に目が覚めた。昼寝ではない。昨夜、ビールを二本と小説を一冊、静かに消費してそのままソファで眠ってしまった。目覚めたとき、部屋の中は半分夕方で半分昼間だった。冷蔵庫からライ麦パンを取り出し、コーヒーと一緒にかじる。少し硬いその歯応えは、まるで今の人生のようだった。

若い頃は、年齢を重ねれば、何もかもが落ち着いて、人生の迷いも静まっていくものだと勝手に思っていた。孔子は嘘つきだ。四十を過ぎても迷いは減らず、むしろかたちを変えて戻ってくる。しかも以前より重く、深くなっているではないか。過去の選択の積み重ねが、まるで地層のように幾重にも積もって、自分の身動きを鈍らせていく。

先日、図書館で大学時代の友人にばったり会った。彼は僕より一つ年上で、シャツはパリッとしていて、どこか安心しきった顔をしていた。「きみはまだあの仕事やってるのか?」と聞かれ、「まあね、似たようなことをぐるぐると」と返した。彼は笑い、でもその笑いの中には何かを受け入れた人間特有の静けさがあった。彼はもう、何かを手放したのだ。中年とは、選ぶことではなく、整理していくことなのかもしれないと、そのとき思った。

僕は帰りにレコードショップに寄って、ビル・エヴァンスの古いライブ盤を買った。家でターンテーブルに載せ、針を落とすと、空気がやわらかく震えた。その音は、背中にそっと手を添えられたような優しさを含んでいた。ああ、こういう瞬間のために生きてるのかもしれないな、とぼんやり思う。

中年の危機とは、おそらく「意味の再構築」なんだろう。何かを捨てることでしか見えてこないものがあって、それを拾い集めて形にしようとする静かな作業。急ぐ必要はないし、大きな声で語る必要もない。ただ静かに、それをやればいい。だが決してこの時期を無視してはならない。大きなつけが数年後、また我が身に降りかかることだけはわかっている。

ライ麦パンの最後のひと切れをかじりながら、ふと思う。たしかに若さは去っていった。けれど、心の奥にはまだ、小さな火が灯っている。それは昼の月のように目立たないけれど、確かに存在する光だ。

中年は中年で案外、悪くはない。それは少し硬くなったパンである。じっくり噛めば、それなりの味わいがあるのだ。(ChatGPTベースに手心加え)


40歳前後からくる心理状態「中年の危機」をご存知ですか?

中年の危機(ミッドライフクライシス)は、中年期である40~50代にかけて、自身の人生に対する悩みや葛藤を感じる心理状態を指します。

中年期は身体的、社会的、家庭的、心理的に変化の多い時期になります。安定と不安定、獲得と喪失、が共存する時期であり、今まで積み重ねてきたものを問い直し、時には人生の危機に直面する時期でもあります。

20代30代は右肩上がり、自分とその周囲のことを第一に考えていればよい時期ですが(それはそれで大変な時期ですけどね)、40代にさしかかると、体力・気力の低下に加え、社会的には昇進・職場配属・住宅ローン・リストラ・転職・子どもの親離れ・介護など、色々な個人的要因も重なり、道半ばにしてまだ何もなしえていない自分にはたと気づき、人と比べて劣等感や嫉妬にからめ取られたり、自分の価値観がぐらぐらと揺らぎ始めることがあります。

思い返せば当時会社員だった私も35歳くらいから「中年の危機」でした。この先も会社員として進む自分や、心理の専門家としてやっていく自分…色々な道を想像しながらも現実的ではないと否定する…結局その後5年間くらい問答しながら40歳で会社員辞めて心理の道に来たのですが、悩む時間ってのは結構しんどいものがありました。

「中年危機」河合隼雄著は、心理療法の大家が、夏目漱石、大江健三郎、佐藤愛子、山田太一などの日本文学の名作12編を読み解き、中年のこころの深層を探る意欲作です。あとがきに記された「中年とは魅力に満ちた時期である」に勇気づけられます。

問題は、原因ー結果などと、論理的、継時的な筋道によっては把握できないところに、その本質があることなのだ。

「中年危機」河合隼雄著

ワイルドとは、必ずしも荒々しいと同義ではない。アフリカの荒野を走るライオンもワイルドであるが、野に咲くすみれもワイルドである。

「中年危機」河合隼雄著

お母ちゃんが抱えすぎると、子どもはいつまでも子どものままである。過保護はむしろ愛情不足の代償としてなされることが多い。

「中年危機」河合隼雄著

中年になると人生の軌道を狂わすような出来事が降りかかってくる。それにどのように対処するかによって、その人のユニークな生き方がつくりだされていくとも言える。

「中年危機」河合隼雄著


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。