「メンタルが落ちてきたから、筋トレ始めました」という声をよく聞きます。実はこれ、単なる気合い論ではなく、心理学や脳科学の研究でも十分に裏づけられているんです。筋トレはこころの健康に対して静かに確実に効くアプローチです。

まずお伝えしたいのは、「激しい筋トレをしないと効果がない」という誤解です。筋肉をデカくするにはそうかもしれませんが、メンタルに対しては軽〜中強度の運動で充分です。週に2〜3回、10分でも15分でも構いません。自分のペースで体を動かし、継続していくことが何より大切です。

ではなぜ、筋トレがメンタルに効くのか。理由は大きく3つあります。

自己効力感が高まる

ヒトは小さな「できた」という実感が積み重なってくると気分が安定し、行動にも前向きさが出ます。「昨日より1回多くできた」「先週よりフォームが安定した」そうしたささやかな成長感が、落ち込んだ気分の土台を少しずつ支え直してくれるのです。自己効力感はメンタルヘルスの地力のようなもの。筋トレはそれを育てるのにとても相性がいいのです。

反すう思考が中断される

メンタルが不調のとき、私たちは往々にして「考えすぎ」にとらわれます。嫌な出来事を頭の中で繰り返し再生し、さらに気持ちが沈む悪循環です。しかし、筋トレ中はフォームや回数、身体の使い方に注意が向きます。強制的に「今ここ」に意識が戻され、反すうが一時的に止まる。これが、こころの回復に大きく貢献します。

身体が整うと、こころも整う

筋トレ後には、エンドルフィンやドーパミンといった脳内物質が分泌され、気分が落ち着いたり前向きになったりします。適度な疲労は睡眠の質も高めてくれます。身体とこころは繋がっています。こころの安定のための身体アプローチはありです。筋トレはその入口として使いやすいのです。

注意点

もちろん、注意点もあります。頑張りすぎて逆に疲れ切ってしまったり、ネットに散らばる理想のボディと比較して落ち込んでしまえば本末転倒です。

大切なのは「ちょっとだけやる」「粛々と続ける」という姿勢です。筋トレは、派手な劇薬ではなく、じわじわ効く漢方薬のようなもの。今日少しやって明日劇的に変わるものではありません。でも、続けていくと、ある瞬間から「以前より気分が安定している」「眠りが深くなった」「不安に振り回されにくくなった」と気づくタイミングが訪れます。

まとめ

こころの調子を整えたいとき、何かを大きく変える必要はありません。まずは深呼吸をするような気楽さで、腕立て伏せ3回、スクワット5回でもいい。「こんなことでこころが整うのか…?」疑念はもっともです。まずはこころではなく、今ここで動かしている身体や筋肉に意識を向けましょう。身体が少し動けば、こころも少しだけ動き出します。こうした小さな積み重ねが、あなたのメンタルヘルスを静かに支えてくれます。

「ちょっとだけ動く」は、今日の自分へのプレゼント、明日の自分へのバトンです。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。