会社の株主が代わり、社長も交代した。組織の方針や体制がこれからどうなるか、誰にも予測がつかない。そんな中にあって、30歳のあなたは、仕事にも責任が増え、後輩もできてきた頃だったかもしれない。

「この会社、どうなっちゃうんだろうな……」
ふと、そんなつぶやきが頭をよぎる。かと思えば、「いや、むしろチャンスかも」という高揚感もある。不安と期待。相反する気持ちが、波のように押し寄せては引いていく。

でも、そんな感情の揺れこそが、適応しようとするこころの証である。

感情のゆらぎは自然なこと

心理学では、変化の時期に生じる不安やストレスは、正常な反応とされる。むしろ、なにも感じないほうが心配かもしれない。たとえば、ストレス研究の第一人者ハンス・セリエは、「ストレスは人生のスパイスだ」と語った。適度なストレスは、人を成長させる原動力になる。

今のあなたの不安も、期待も、決して“弱さ”ではない。むしろ、これからの環境にうまく適応しようとする、健全な反応だといえる。

曖昧さへの耐性を育てる

人は本来、不確実なものに弱い。たとえば、サイコロを振って結果が決まるよりも、どうなるかわからない状況の方が、精神的には何倍もストレスになる。心理学ではこの性質を「曖昧さへの耐性(Ambiguity Tolerance)」と呼び、不確実さに対する耐久力が高い人は、変化の時代をうまく乗りこなす傾向がある。

では、どうすればこの耐性を高められるか。答えのひとつは、「コントロール感(統制感)」を意識的に取り戻すことだ。

組織全体の未来は予測できなくても、自分の1日のスケジュールや、誰とどんな話をするか、自分が今なにを学ぶかなど、まずはそうした「自分の影響範囲」に目を向けて、ひとつずつ選び取っていく。すると、こころは少しずつ落ち着いてくる。自分の意思や行動は自己統制が効くからだ。

少し古いが、スティーブン・コヴィーの『7つの習慣』には、「影響の輪」と「関心の輪」という概念が書かれている。変えられないものに囚われるのではなく、自分が変えられることに集中しよう、というものだ。これによりこころの揺れに振り回されない自分軸が育つと主張している。

アイデンティティ再編成のチャンス

30歳という年齢は、エリクソンが唱えた心理社会的発達(ライフサイクル)理論でいうと、ちょうど「親密さと孤立」という発達課題に向き合う時期。人とのつながりや、自分の役割意識、将来への方向性を模索しながら、自分は何者かを、再び突きつけられることが増える。

そんな時期に、会社という大きな存在が揺れ動けば、つまり所属という足元がぐらつけば、自分自身のアイデンティティもおのずと問い直される。だがそれは、苦しみと同時に再構築のチャンスでもある。

これまでなんとなく選んできた働き方、ポジション、人との関係…。そうしたものを一度ゼロベースで見直し、「これから、自分はどう在りたいのか?」と立ち止まる。変化の中にいる今だからこそ、自分の輪郭が、未来への解像度が、よりはっきりとしてくるはずだ。

変化は「波」ではなく「風」かもしれない

最後に、あなたが感じている変化の気配は、ただの「波」ではなく、未来へ向かう「風」かもしれない。波に呑まれないようにと力むよりも、風に帆を広げるイメージで進むほうが、自然と前に進めることもある。

そのためには、自分の「感情」に素直であること。揺れるこころを否定せずに、今この瞬間のリアルな気持ちに目を向けることである。心理学的に言えば、マインドフルネスな状態や自己受容といった力が、変化の中を生きるあなたの支えになるだろう。

未来は誰にもわからない。でも、「今の自分をどう扱うか」には、あなたの意志が宿る。変化のただなかにいるあなたが、しなやかに風を受けながら(レジリエンス)、自分らしい舵をとっていけることを願っている。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。