経営課題にマネジャー層の育成を挙げる企業は多いです。私は会社員時代にマネジャー職を経験し、人事部ではマネジャー研修のデザインにも関わりました。臨床心理士としてマネジャー層に対して何かを提供できるとしたら、それはマネジメントに関する部分になるでしょう。

組織におけるメンバーマネジメントは、単なる業務の指示や評価だけでなく、メンバーそれぞれの持ち味や心理的側面を理解し、適切にサポートすることも必要です。以下は、メンバーマネジメントにおける心理学のエッセンスを基にした技法です。こうした話になるのだろうと思います。

自己決定理論(Self-Determination Theory)

自己決定理論は、人がどのようにモチベーションを持ち続けるかに関する理論で、特に職場環境における動機づけに重要な影響を与えます。この理論では、人は「自律性」「有能感」「関係性」の3つの基本的な心理的ニーズが満たされると、内発的動機づけが高まるとされています。

  • 自律性:自分の意志で行動を選択できる感覚
  • 有能感:自分の能力を発揮して成果を上げる感覚
  • 関係性:他者とのつながりや支援を感じる感覚

マネジャーとして、メンバーにこれらのニーズを満たす環境を提供することが重要です。例えば、業務の選択肢を提供したり、フィードバックを通じてメンバーの自信を高めたり、チーム内での信頼関係を築くことで、メンバーのモチベーションを高めることができます。

アクティブ・リスニング

アクティブ・リスニングは、相手の言葉だけでなく、その背後にある感情や意図を理解しようとするコミュニケーション技法です。この技法は、単に指示を与えるだけでなく、メンバーが自分の思いを話すことを促し、共感を示すことで信頼関係を築くために重要です。

マネジャーとして、アクティブ・リスニングを実践することで、メンバーは自分が理解されていると感じ、仕事に対するモチベーションが向上します。例えば、メンバーが何か問題を抱えている時に、ただ解決策を提示するのではなく、まずその問題についてじっくりと話を聞く姿勢が大切です。

エンパワーメント(Empowerment)

聞きなれない言葉かと思います。対人支援の文脈で多用される言葉です。

エンパワーメントは、メンバーに自信と自律性を与え、自己決定感を高める手法です。心理学的には、エンパワーメントが職場でのウェルビーイングやエンゲージメントを高めることが示されています。権限委譲・能力開発・心理的安全性の3つの側面から整理できます。

権限委譲は、リーダーがメンバーに対して責任を委譲し、意思決定に関わらせることで達成されます。具体的には、メンバー自身に業務の方向性や成果について考えさせ、その判断を尊重します。これにより、メンバーは自分の力で成果を上げる達成感を得られ、組織への貢献意欲が高まります。

能力開発は、研修やOJTなどスキル習得の機会を提供し、それを発揮する挑戦の機会を用意することから始めます。

心理的安全性は、まずは失敗や意見の相違を責めずに、安心して発言・提案できる雰囲気を作ることにあります。フィードバックは、成果だけでなく努力や工夫にもスポットを当てて、言葉で伝えましょう。

フィードバックの技法

フィードバックは、個人の成長を促進するために欠かせない要素ですが、その方法には心理的な配慮が必要です。褒めりゃいいってものでもありません。例えばネガティブなフィードバックを与える際には、相手が防衛的にならずに受け入れられるように工夫することが大切です。

サンドイッチフィードバック法

まず肯定的なフィードバックを伝え、その後に改善点を示し、最後に再びポジティブな内容を伝える方法です。ネガティブな情報が受け入れやすくなり、モチベーション低下を防ぎます。

具体的なフィードバック

抽象的な表現ではなく、具体的にどの部分を改善すべきかを伝えることで、メンバーは自分がどのように行動を改善すべきかが明確になります。

グループダイナミクスの理解

グループダイナミクス(集団力学)を理解することも、メンバーマネジメントにおいて非常に重要です。個々のメンバーの行動がどのようにチーム全体に影響を与えるかを理解し、チームの中で役割や影響力を調整することが求められます。

特に、チーム内での対立や意見の不一致が生じた際には、集団内のコミュニケーションの流れをうまく調整し、建設的な議論を促進する技法が求められます。心理学では、対立の際にはアサーション技法の「アイ・メッセージ(自分の気持ちを伝える)」を活用することが有効だとされています。

結論

臨床心理士が伝えるべきメンバーマネジメントの技法は、個々のメンバーの心理的ニーズや感情的な側面を理解し、対応することにあります。自己決定理論に基づくモチベーション、アクティブ・リスニング、エンパワーメント、フィードバック、そしてグループダイナミクスの理解を通じて、マネジャーはメンバーの成長とチームの活性化を促すことができるのです。

マネジメント研修に心理学的なアプローチを取り入れることで、組織全体のパフォーマンスやメンタルヘルスの向上が期待できるでしょう。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。