今日は会社員のみなさんへ、あえて「転職活動のススメ」を説いてみたいと思います。と言っても、転職を強く推奨するわけではありません。臨床心理士の視点からお伝えしたいのは、「転職活動そのものがこころの健康にとって非常に有効な行動になる」ということです。

転職活動をすると、自分の市場価値が見えてきます。時には、現実を突きつけられてショックを受けることもあるでしょう。しかし、自分の現在地がわからなければ、目的地までの道筋は描けません。

現状に不満を抱えている人ほど、この現在地の解像度が低いままでいると、行き先の見通しの悪さが不安をさらに増幅させます。「今ここにいる意味」や「今やっていることの意義」が感じられなければ、人は持続的に力を発揮し続けることが難しくなります。

だからこそ、定期的に市場と接点を持つことは、キャリア形成だけでなくメンタルヘルスにとっても大きな意味があります。外の視点を取り入れることで、自分の立ち位置が明確になり、日々の仕事との向き合い方も健全なものへと整っていきます。

市場価値を把握することは、自己肯定感の調整になる

転職活動を始めると、今の自分がどれくらいの年収・スキルで評価されるのかを知ることができます。これはキャリア戦略の材料であると同時に、「自分は今どれくらい社会に貢献できているのか」という現実的な自己評価にもつながります。臨床実践の中でも、実態と自己認識のズレがストレス要因になることが知られています。定期的に外の目線を取り入れることは、こころの安定にも寄与します。

選択肢を持つことで、会社への依存が減る

職場で問題が起きたとき、「ここがダメになったら終わりだ」と感じると、人は追い詰められます。選択肢がない状態は、心理的安全性を大きく損なうのです。一方、転職活動をしていると、「最悪ここでなくてもいい」という余裕が生まれ、現職のストレスに過敏になりにくくなります。これはメンタルヘルスの維持において非常に重要です。

スキルアップの動機となり、停滞感を防ぐ

求人票や面接を通じて求められるスキルを知ると、自分に足りないものが見えてきます。人は「わからない不安」より「見えている課題」の方が対処しやすいものです。現職に閉じこもっていると気づきにくい視点を得ることで、キャリアの停滞感から抜け出すきっかけにもなります。

自分に合う環境に出会う可能性が広がる

永く同じ会社にいると、「ここが普通」という錯覚が生まれます。実際には、文化も福利厚生もコミュニケーションスタイルも、会社によって大きく違います。自身が3社で会社員を経験し、現在は複数企業の外部EAPとして働いている私はとても実感しています。視野が広がると、「今の会社に合わせられない自分が悪い」という自己否定的な発想からも離れられます。

他社からの評価は交渉力にもセルフイメージにも影響する

転職活動をしていると、「他社でどれだけ評価されたか」という事実が手に入ります。これは現職での年収交渉の材料にもなりますし、自信を持つきっかけにもなり得ます。

注意点は、転職依存にならないこと

とはいえ、転職活動のしすぎは現業務への集中力や情報管理等に悪影響を及ぼす可能性もあります。理想は「常に転職する」のではなく、「常に情報収集や自己分析をしておく」という姿勢です。転職活動を“保険”として持っておくことで、ストレスの吸収力が大きく高まるでしょう。

職場への不満は、あなたに問題があるわけではありません。環境とあなたの相性の問題であることも多い。だからこそ、外の世界と定期的につながり、あなたのキャリアとこころを守る選択肢を持ち続けてほしいと思います。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。