都心にあるクリニックには、会社での人間関係や仕事を通じてのコミュニケーションで精神異常をきたすクライエントが数多く来院する。

私はこれまでアパレル、旅行情報、シニアサービスの3つの会社に勤め、営業、デザイン、マネジメント、営業推進、人事総務と様々な職種を経験してきたこともあり、転職や転勤事情も含めてクライエントが語る職場での出来事への理解や共感ができているように思う。しかし一方で、本当のところでは全く解っていないのだろう、とも感じている。

脱サラ心理士の良さと懸念点を考えてみた。

メリット
・職場というもののニュアンスを掴みやすい
・経験と加齢で構築してきた人間力で対応できる
・企業人的ロジカルさで解決志向アプローチとの相性がいい

デメリット
・自分の経験した職場イメージにひっぱられやすい
・フレッシュさが薄い
・結論を急ぎ過ぎてしまう

常に持ち続けている自戒は、自分が経験したことと、目の前のクライエントが経験したことは、まるっきり別物である、ということだ。

例えば、子育てを経験したから子育てに悩む親の心情がわかる、不登校児だったから学校に行けない子どもの心理が理解できる、と言う人がいる。本当だろうか。私は言い手の幻想であり思い込みであると感じる。自分の経験を一般化してはいけない。そう用心していると「お気持ち、我が身のことのように、よくわかります」なんて言葉は不用意に出せなくなる。こんな台詞を使うセラピストは贋物じゃないかとさえ思う。

経験のメリット面を際立たせる力は、想像力であろう。

まずは経験によってつくられた自分の枠にクライエントをはめ込んでみる。そしてそこから外してみる。外すことが重要だ。はめ込んだ状態でいれば理解できているので安心だが、外せばよくわからなくなって不安になる。それでも外すことが重要だと思う。不安という広がりの中で、クライエントの世界に寄り添ってみる努力をする。それが大事なことなんだと思う。

社会人の話を理解するのに、社会人経験は必要条件ではない。十分条件ではあるので、あるに越したことはない。その際は経験に当て嵌めて他者を理解するデメリットに気をつけ、想像力を働かせて有効活用したい。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。