渋谷にあるメンタルクリニックを退職した。別の勤務先の心療内科に常勤することになったからだ。ここは心理カウンセラーとして初めて打席に立たせてもらったクリニックなので思い入れがある。入局は大学院修士2年の時で、2年間は産業カウンセラー、この1年間は臨床心理士の肩書きで業務に携わってきた。

このメンタルクリニックは都内近郊にいくつか分院があり、患者さんの特色に土地柄が出ていた。例えば新宿院では夜の仕事に就く方が多かったり、銀座院では大手企業勤務の患者率が高かったりという具合に。渋谷院は、ベンチャー企業や中規模会社勤めの20〜40代、鉄道沿線の住民が多かったように思う。うつ病・適応障害・不安症・強迫性障害・依存症など、様々な精神病や症状の患者さんの心理カウンセリングを担当させてもらった。

着任初年度は私は大学院にも所属していたので、よく知らない病気や症状について大学院の教授にアドバイスをもらったりした。先生方はその界隈での権威で、前頭葉や統合失調症が専門の医師に統合失調感情症を解説してもらったり、司法のプロに依存症患者さんのカウンセリングのポイントをご教示いただいたりと、とても贅沢な時間を設けてもらった。自分で調べつつも独りよがりにならず、その道の専門家に聞くことは大切だなと実感した。

ここでの心理カウンセリング時間は1回30分。今まで私が経験してきたカウンセリングの中で一番短い。他の多くのクリニックでは45分や60分がスタンダードだった。けど、短いと思っても、枠が決まっていれば、結果的にその枠の中に収まるものだなと解った。30分なら30分なりの進行があることに気づけた。まあでも、ベストの時間は45分だと思う。私が開業するときは45分で設定すると思う。

あれこれ書いてきたが、ここでの一番の思い出は「採用試験」かもしれない。1次も2次も模擬面接だった。当時はインテーク面接なんて大学院でもまだ数回しか練習したことなくて、全く手応えがないまま終了となってしまった。「では、今日は以上となりますが、何かありますか?」と振られたので、どうせ不採用だろうから出来る限り学びを持ち帰ろうと「参考までに教えていただければ有難いのですが、例えば先生でしたら、今の面接のシチュエーションでは、どのようにアプローチされますか」と質問した。丁寧に教えてくださりとても勉強になった。親切なスタッフが多かった。

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カジュアルさが売りのメンタルクリニックだった。親身さよりも割り切った関係性というか。だから患者さんはクリニックの姿勢に対して合う合わないがあったと思う。けど一方で、気軽さには重症化する前にふらっと敷居をまたげる利点がある。厚生労働省の患者調査によると、精神疾患を有する総患者数は2002年の258万人から2017年の419万人へと、15年間で1.6倍に増加している。早期発見・早期治療の法則は、精神病に限らずほぼ全ての事案に当てはまる。そういう意味では現代社会において意味のあるクリニックで仕事をさせてもらえたなと感謝している。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。