現在常勤している心療内科クリニックは、区から認知症疾患医療センターの指定を受けている。日々、地域の人々と認知症に関わる様々な取り組みを行なっている。
認知症の進行遅延策に絶対解はない。指先を使う作業がいい、散歩がいい、いや水中ウォーキングがいい、人とのおしゃべりが必要だなど、色々といわれている。全て正しいと思うのだが、認知症のパタン、症状、元々のその人の特性などの組み合わせによって、取捨選択が必要なのである。何を取り入れるかの判断基準、それはその人が「愉しいと思える活動」かもしれない。
65歳以上をメインカスタマーとする宿泊予約「ゆこゆこ」で会社員として働いていたとき、旅行者が投稿する感想クチコミを読むのが好きだった。働き盛りを高度経済成長期に捧げてきた団塊世代は、旅行の楽しさを知っているが、興味ある観光地すべてに行く時間やゆとりがなかった人たちである。仕事人としての現役を退き、平日に時間ができたことで、多くの人が伴侶や友人と旅行を愉しんでいた。
身体が動いて記憶や判断などの認知機能が豊かに保っているうちはそれが出来る。しかし、年齢と共に意欲も薄くなってくるため、徐々に自発的な活動が少なくなっていくのである。
2021年7月、クラブツーリズムと東北大学は、旅行が認知症予防にもたらす効果を発表した。結論として、暮らし向きが苦しいと捉えているケースを除き、物事に幅広く関心を持つ性格の人間にとっては、旅行に行く機会が増えるほど認知症リスク低下が期待できる、という。実際に病院の高齢者デイケアで、旅行企画を実施している事例は多々見られる。継続して行われているところをみると、参加者の評判がよいのだろう。
そこで当院でも、高齢者デイケアの一環として、旅行部を立ち上げることにした。これは私が心理士になって、取り組んでみたいと思っていたひとつの事業である。院長も昔から考えていたらしく、思惑が一致したのである。まだまだ私の中の理想と現実にできることの整理がついておらず、構想段階ではあるものの始動した。
参加者の条件は、旅行が好きで、杖ありでも自立歩行ができて、認知機能が認知症MCI〜軽・中程度で、入浴・食事・排泄などのADLが保っている人、と考えている。場所の見当織や社会的判断が苦手になると、ひとり行動が難しくなってくる。しかし、そうした状態を正しく理解している人や親しいの人のサポートがあれば、日常生活は送れるのである。旅行もいけるとデイケア運営のなかで確信した。
旅行先は、まずは電車で日帰りで行ける場所がいいだろう。熱海、箱根、湯河原あたりだろうか。朝、クリニックに集合して、皆で電車に乗って現地へ。宿にチェックインして、温泉・食事・ちょっとした観光を愉しむ。上記エリアであれば夕方にはクリニックに帰ってこれる。慣れてきたら1泊2日の遠出もしてみたい。ゆくゆくは認知症中程度〜重度の方とその家族が、医療・介護サポート付きの旅行ができるプランを考えてみたい。すでに受け入れ体制を整えている旅館がいくつも存在しているので、多分できるだろう。
まずは自分が愉しみながら、取り組んでいく。