先日参加した事例検討会のテーマで性被害が取り上げられ、体験者は再び引き寄せる現象があるみたいな発言があり、それは事実なのか、どう解釈できるのかなど、改めて調べ直してみました。

疫学的な情報でいうと、内閣府の調査によれば、無理やり性交等を受けた経験がある人は、女性で14人に1人、男性で100人に1人だといいます。

性被害はトラウマになりやすい。これは想像に難くないでしょう。

トラウマが現在の生活に与える悪影響は多岐にわたります。精神面では、PTSDによるフラッシュバック・悪夢・過度な警戒心、不安障害、うつ病、感情の不安定化などが懸念されます。身体面では睡眠障害、慢性疲労、摂食障害など。対人関係がうまく構築できなくなったり、やる気が出ない集中できない注意力が散漫になるなどの症状に発展したりもします。行動面は回避的、依存的になる傾向があります。

性被害トラウマの特徴は、自分をおとしめ下げずむ思考です。「私はけがれてしまった、きたない人間だ」と、自己否定をくり返してしまうのです。

そして少なくない人が、そのような状態から脱却するために、過去に受けた被害と同じような行為を、自ら取りにいくことがあります。二度と同じ目に遭いたくないと心底思っているにも関わらず、です。

この「トラウマの再現性」は、どのような解釈が可能でしょうか。

防衛機制

自分のこころ(自我)を守る防衛機制からの理解ができるでしょう。防衛規制とは、受け入れがたい状況や潜在的な危険的状況に晒された時に、それによる不安を軽減しようとする無意識的な心理メカニズムです。代表例は「抑圧」ですが、トラウマの再現性では「過度な一般化」や「合理化」が適切かもしれません。

「過度な一般化」とは、特定の経験や出来事を基に広範な結論を導き出し、それが他の状況にも当てはまると考えることです。性被害でいえば、二度三度と繰り返し行為を重ねることで「最初に受けた被害は大した事ではない」と自分に思い込ませ、こころの負担を軽くしたい表れともとれます。

「合理化」とは、受け入れがたい感情や欲求を、もっともらしい理由をつけて自分を納得させることです。性被害でいえば「むしろ自ら望んでやったことだ」と思い込むことで、認知の上書き修正を行おうとする心理が働いています。

自傷行為

自己罰としての解釈も可能でしょう。自傷行為は一般的に、自己評価が低い場合や罪悪感を感じているときに発動しやすいといわれます。

絶望とは落差なので、回復してきた後のフラッシュバックは耐え難い苦痛になります。そのため、行為を行い続けることで自分を低い位置に置き続ける戒めや鎖のような意味合の場合があります。自分を傷つけることを代償として苦悩からの解放を求めている場合もあるでしょう。

自己コントロール感

被害は受動であり、自己統制力を発揮できないまま傷を負うことになります。何事に対してもそうですが、人は皆、自己コントロール感がないと無気力になってしまうものです。例えば我々は他者を変えることは不可能だと知っています。なので、変えるのは他者ではなく自分と合理化して認知しています。頑なに他者を変えることに固執すると徒労感で気力がなくなっていくことを体験済だからです。性被害トラウマ体験は、被害者にコントロール喪失感覚をもたらします。再演によって被害者は自分がその状況を再びコントロールできるようになると感じるのである。自己効力感を得られるものの、再びこころに大きな傷を受ける諸刃の剣として、トラウマの再現を行なっている場合があります。

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トラウマの再現には理由があります。決して性行為が好きだからやっているわけではないことを理解しましょう。再現することで深層心理では傷が深くなっていることを理解しましょう。救済を求めていることを絶対的に理解しましょう。

とはいえ、トラウマの再現を推奨することはしません。得るものもありますが失うものも大きい、ローメリット・ハイリスクな手段であることを認識しましょう。より複雑で深刻なトラウマ症状が起きる可能性は無視できません。

性被害に限らずですが、トラウマ体験の影響は個人差があり、どのように対応するかも同様に個人差があります。代表的な治療法は、認知行動療法(CBT)、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)、薬物療法などです。治療期間はかかりますが、専門家などのリソースを活用し、適切なサポートや治療を受けることで、トラウマの影響を軽減し、生活の質を向上させることは可能です。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。