精神科が目指すのは病気の寛解である。寛解とは、全治とまでは言えないが、病状が治まっておだやかであることを言う。何かしらのこころの異常に病名を診断し、主に投薬療法によって治療を行う。心理カウンセリングが目指すのはクライエントの最大福利である。生物-心理-社会モデルに基づき、異常の問題だけではなく豊かな面も含めた全人格的理解を行い、より適応的に生きる援助を行う。技法は多種多様であるが、心理療法を用いる場面は多いように思う。
心理療法を上達させるには、実践数を増すこと、PDCAを回すこと、見立て力を養うことが重要である。現場に立っていて、心理療法がうまくはまらないクライエントに遭遇することがある。そんな時は、技術と見立て、両方の側面から原因を探るようにしている。技を使うセラピストの腕が悪いからなのか、このクライエントにこの心理療法を当てた見立てが悪かったのか、はたまた別の要因なのか。クライエントのよりよき生を求める限り、考えることを止めてはいけない。
「カウンセリングの治療ポイント」平井孝男著
治癒像(治療精神医学の三原則)
1.普通意識の回復(脱落意識からの脱却)
2.普通の人間であり得るための自己検討力を手に入れている状態
3.必要な決心と実行を手にしている状態(病的に追い詰められているとこれができない)
この人の困難は何か、この人はどこまでこの困難を受け止められそうか。
傾聴は、人によっては、依存と幻想を強める危険性もある。カウンセラーに対して幻想的な万能感を抱く場合があり、こうした幻想は早晩破れることが多い。カウンセリングに求めるもの、カウンセラーに期待するものを、聞いておく工夫。
「大げさな共感」は、クライエントの疑惑や不信感を招いたり、気持ち悪がられることがある。
症状や問題は、そのクライエントのこれまでの到達点であり、そのクライエントの歴史の積み重ねである。だから症状に触れることは、その人の歴史に触れることになり、症状の減少を試みることは、その人の歴史や生き方を変えることになるので、抵抗があって当然なのだ。
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