認知症とは「脳の病的変化(器質的障害)によって、いったん発達した知的機能(認知機能)が、日常生活や社会生活に支障をきたす程度にまで、持続的に障害された状態」と定義されています。言い換えれば、①何らかの脳の疾患によって、②認知機能が障害され、これによって③生活機能が障害されている状態です。大元を辿れば、認知症は脳の病気といえます。(認知症の心理アセスメント,黒川由紀子編,2018)

認知症には種類があります。障害される脳部位によって現れる症状が違います。海馬の萎縮がひとつの要因とされる全体の約6割を占めるアルツハイマー型認知症の特徴は、初期症状として日時の把握と近時記憶の苦手さが出やすく、病の進行は緩やかであることが挙げられます。症状の進行速度は個人差が大きいため、どの書籍や論文にも具体的な時間軸は書かれていません。

私は2021年まで、大学病院で、高齢者の認知機能検査を行なっていました。毎年決まった時期に検査に来られる方が多かったので、年単位での認知機能の変化はつかめたものの、それが生活の中でどのような影響を与えているのかは、ご本人やご家族からの話を頼りに想像するしかありませんでした。

2022-2023年は、都内にある認知症疾患医療センターで、主に認知症を患う高齢者が参加されるデイケア運営に携わってきました。担った利用者さんは50人ほど。毎週1〜2回通院される方々の認知症の進行を、おしゃべりやアクティビティを通じてみてきました。送迎車の運転もしたので、自宅の様子やご家族との関わり場面もみてきました。これまで書籍や検査で蓄積してきた私の中の認知症情報は、三現主義、つまり「現場」「現物」「現実」の3つの現が加わることで、色彩豊かに進化しました。

確実に進行する

新薬レカネマブの登場で一筋の光が見えてきたものの、現段階で認知症は、不治の病です。症状の進行を遅らせるアリセプト薬の有効性は認められますが、進行を食い止めることはできません。

高齢者デイケアの2年間で一番感じたことは、認知症は進行していくということでした。まあ、そんなことは今更書くまでもなく周知の事実です。けど、文言ではなく肌で実感したことが重要で、これは体験以外では得られない感触です。

病気の進行速度は、確かに個人差が大きかったです。2年間ほぼ変わらなかった方もいるし、認知症中期を過ぎて症状の出方が激しくなった方もいらっしゃいました。出来ないことが増えてくる点は一様にあったように思います。

侵されない領域がある

一方で、一見すると認知症の影響を受けずに、今まで通りに機能している部分もみられます。これも個人差が大きく、どこがどれくらいは千差万別です。日や時間帯でムラがあるとより判断が難しくなるため、専門家と一緒に、病によって侵された認知機能とそうでない部分を整理し、生活の中にどう還元していくかを話していけるといいでしょう。日常の中で楽しい時間を確保していくには、得意な部分や残存する機能を有効活用するに限ります。自己効力感がキーワードです。おしゃべりが出来るなら人と話せる場所をつくり、足腰が健康なら軽運動というように。

その際の周囲の関わり方としては、逆レディネスというか、本人が出来るギリギリのところをサポートする姿勢が最も効果的であると実感しました。全部提供してしまうと自分の頭で考えなくなるので認知機能の脳内神経活性に繋がりませんし、だからといって離れすぎると今度は物事が達成できなくてつまらなくなる。例えば私のデイケアでは、脳トレプリントワークで間違えた解答を書いても、「書けますね」と称賛することはあっても、それを指摘して修正することはありません。「これで合ってる?」と質問されたら、どうでしょうねと言いながら一緒に考えるようにしていました。

元々レディネスは幼児の右肩上がりの成長に対して派生した考えですが、高齢者の右肩下がりの成熟に対しても応用可能でしょう。

https://note.com/embed/notes/n4225b5a6ad2d

敬意ある言動を

デイケアでスタッフが、脳トレワークの時間が終了したので配布していたプリントを回収した際に、「なんで取り上げるんだ」と怒った方がいらっしゃいました。2年前はスラスラ解けていた問題が、最近は何を問われているのかさえ理解が難しくなってきていたようでした。できなくなってきている自覚や感覚がある中で、取り組み中に断りもなく用紙を取り上げられたと認知したのでしょう。

まずは我々が、認知機能が低下した世界を理解し、敬意をもって接していく。これが必要なことだと悟りました。

心理学には「返報性の法則」なるものがあります。誰かに何かをしてもらったら、自分もお返ししたくなる心理のことです。 周囲が敬意をもって暖かく接すれば、同じように暖かい対応で返ってくるものです。(前頭側頭型認知症では感情をコントロールする前頭葉が侵襲されるので、必ずしも上記のようにはならないのですが)

残念ながらお亡くなりになられた方もいらっしゃいました。認知症が死因ではなく、転倒で骨折入院してとか、気管支炎がひどくなってしまい…などでした。ご家族から医院にお手紙を頂いたこともあります。生前はデイケアに行くのを楽しみにしていました、みなさまが優しく温かく接してくださったからだと思います、感謝いたします、との内容でした。

デイケアで楽しい時間を提供できていたのであれば本望です。

※ ※ ※ ※

体験しないと得られない、貴重な経験を積ませていただきました。これからの高齢者支援の場に生かしていきます。


cocoro no cacari|大塚紀廣

1976年千葉県生まれ。大学卒業後、第二新卒で(株)リクルートに入社、国内旅行情報じゃらんを担当した。その後同グループであった(株)ゆこゆこへ籍を移し、人事部で人材採用、社員研修の企画運営、ストレスチェック実行者等を担当した。40歳で退社し、臨床心理学大学院へ進学。修了後は東京大学医学部付属病院老年病科、都内のメンタルクリニック等で心理士業務に就き、現在に至る。専門は高齢者臨床と産業心理。趣味はロードバイク、サッカー、ジェフ千葉、漫画、温泉など。

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